団塊おばさんの外に出て自然と遊ぼう!!

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今年もよろしくお願いいたします! 07:00



     今年もよろしくお願いいたします!
| 生活 | comments(3) | - | posted by イロハモミジ
冬の畑仕事 22:21
 



昨秋から何かと慌しく過ごし、田舎の畑の手入れをすっかり怠ってしまいました。

やっとのことで時間を作り、主人は伸び放題になった柿ノ木の剪定をしました。

若い頃は身軽だった主人も64歳にもなると
柿ノ木によじ登るのがなかなか大変そうです。

私は枯れ草に埋もれてしまったサトイモを掘りました。

葉や茎はすっかり枯れてしまったので
肝心のお芋が一体どこにあるのかわからなくて心配だったのですが
よく見るとサトイモの頭らしいのが見つかり、それを目安に掘りました。

このところの晴天続きで、
土がカチカチに固まっていて掘り起こすのが大変でした。

それでも頑張って掘ったら
親芋の周りにくっついた小さめのお芋が少しばかりとれました。

春の頃に初めて自分の手で植えたサトイモの収穫です。


収穫の時期をとうに過ぎ、
今頃掘っても形がなくなっているかも と思っていたので
予想以上のお芋がとれて喜びもひとしおです。


自分で収穫したお芋なので
ちっちゃなものも大切に拾い集め、蒸し器でふかしました。


端っこを指でつまむと皮がするっとむけて、
中から真っ白なお芋が出てきました。

とても柔らかで、大きな芋にはないねばり気があり、
生醤油を少しかけてそのまま頂くとサトイモ本来の味が楽しめます。

寒い中、畑仕事を頑張った甲斐がありました!
| 生活 | comments(0) | - | posted by イロハモミジ
ノコギリの目立て屋さん 20:12
 

浜松市内をクルマで通行中、
「なぞなぞ」みたいな看板が目に入って来ました。


何の看板だかわからなくて、主人に聞いたところ
これは”ノコギリの目立て屋さん”の看板だそうです。

主人が子供の頃、もう50年も以上も昔のことですが
ノコギリの切れ味が鈍ってくると
”目立て屋さん”に持っていって研いでもらったそうです。

その頃は、
ノコギリ目立ての技術を持っていれば、一生食べて行ける!
とまで言われていたそうで
主人の同級生のお父さんも目立て屋さんをやっていたそうです。

しかしその後、木工用電動工具が広く普及し、
建築工法の変化や安価な替え刃式ノコギリの登場で
目立ての仕事はどんどん減っていき、
加えて職人さんの高齢化、後継者難もあり、
目立て屋さんの看板をみることも珍しくなりました。


このユーモラスな看板に引かれてちょっと覗いてみたくなりました。
| 生活 | comments(0) | - | posted by イロハモミジ
草に埋もれた私の畑 15:21
 

このところ田舎に帰ることが多いので、それならばと
田舎で少しばかり畑の耕作を始めたのですが、
さすがに手入れが行き届かず、雑草が我がもの顔にはびこり
写真のような有様になってしまいました。

畑の傍らに立って途方に暮れましたが、よく見ると、
雑草に埋もれながらも作物たちは頑張っていて、
少ないながらもちゃんと実をつけていました。



真っ赤に色づいたトマト



黄色いミニトマト



光沢のあるナス


ゴーヤ



私にとっては宝石のような野菜。
ひとつひとつ味わって食べました。
雑草の中にあって、作物も頑張るんだということが判りました。

自然と共存のこんな畑もあっていいのかもしれない 
とも思いました。
| 生活 | comments(0) | - | posted by イロハモミジ
吉田漁港(シラスの水揚げ) 23:28
 

田舎へ帰省したとき、
焼津での用事を片付けながら海を見に行きました。

海辺には小さな漁港があり、人影もまばらでしたが、
一艘の漁船が港内に姿を見せた途端
あちらこちらから人が湧き出るように集まってきて
にわかに活気がでてきました。

漁船が桟橋に横付けになると
数人の女性がすばやく乗り込み、漁獲物を船から運びだします。



箱に入った魚は、
桟橋から港内へと次々と運びこまれ、漁協の中に並べられます。


すると次に
魚の仲買人さんらしい人達が集まってきて セリが始まりました。
箱に手を入れて魚の大きさや鮮度を品定めしたあと
小さな紙に何か書き込んで渡し、競り落としていくようなのですが、
素人の私達が見ていても どこでどのようにして決まるのか
さっぱりわかりません。


水揚げされたのはシラス(鰯の幼魚)でした。

イワシにもマイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシなどがあるそうですが
これはカタクチイワシの子だということです。


競り落とされたシラスは、
すぐに運び出され、落とし主の車にどんどん積み込まれます。

シラスイワシは、とても傷み易いので
全ての作業がとても敏速で、あれよあれよというまに進行して片付いていきます。

シラスの買い付けを終えた業者達は
次々と車を発進させて散っていきました。

買い付けたシラスはこのあと
生食用、釜揚げシラス、しらす干しとなっていくのです。



シラスの水揚げの様子を見たあと、
漁港近くのスーパーマーケットに立ち寄って
シラスを買って帰り、ワサビ酢醤油で食べました。

カタクチイワシ特有の苦味が効いていて鮮度第一の美味しさでした。

多くの人々が
様々な形でシラスイワシに携わって生活しているのが
とても興味深く、普段知ることのないいい体験ができました。
      
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畑始める 23:18
 高齢になり畑仕事が困難になった義母に代わり
遠く離れた田舎で家庭菜園を始めることになりました。



放置されて硬くなっていた土を耕し、畝を造り、堆肥を入れ、
石灰で中和するまでは、主人がやってくれました。

畑仕事するのは、
20年くらい前に市の一坪菜園に当選した時以来です。

安易な気持ちで始めてはみたものの、その頃は、仕事をもっていたので
平日は畑に行けず、その結果ジャガイモは植えるのが遅すぎてちっともお芋を付けず
ミニトマトは、水不足で実をつける前に枯れてしまい、
夏になると雑草がはびこり、隣の耕作者から苦情が出る始末でした。

そんな苦い経験を反省しながら、なにはともあれナスとキュウリとピーマンとミニトマトを植えてみることにしました。




畝に穴をほり、水を注いだ後
軽く揉む様にしてポットから苗をはずして植え
土を掛けたあともう一度たっぷり水をあげました。



キュウリには支柱を添えて一仕事終えたのですが、
心配ごとがでてきました。
それは私が田舎を留守にする間、水をやる人がいないということです。



それではと
次回私が来るまでの間、苗が枯れないように
雑草を束ねて畝にかぶせ少しでも乾燥を防げるよう工夫をしました。


畑をやるようになったら不思議なことに
お天気に対する考えがかなり変わり
晴れの日の合間には雨も降って、
畑の作物たちが一息ついてくれるといいなあと思うようになりました。

今度畑に来る時までに無事に成長していてくれるのかどうか?
楽しみと心配が入り混じった気持ちです。 
 

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かささぎ大橋のこと その2 22:32


カササギ大橋の名前の由来を知り、
台湾旅行でカササギの実物にも出会った後のある日、
橋を渡っていてふと照明灯に目をやると
なんと照明灯が、
カササギの形をイメージしたものであることに気がつきました。



形は抽象化されていますが、
肩口が、大きく白色に抜けた配色や飛んだときの姿から
カササギをイメージしたものだ!と確信しました。

主人をさしおいて 
このことに気がついたことにちょっと自信をもちました。



カササギは、七夕伝説の中で
7月7日に翼を広げて天の川の両岸を繋ぎ
牽牛と織女の逢瀬を助ける役割をするということですが
その時
一羽の大きなカササギが翼を広げたという説と
無数のカササギが翼を連ねたという説がありますが、
この照明灯を見ると後者のイメージの方が
ぴったりあっているように感じます。

磐田と浜松の架け橋になるこの橋を夜間渡ったことはないのですが
今度是非、夜間 
ライトアップされたこの「カササギの渡せる橋」を渡ってみたいものだと思いました。



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カササギ大橋のこと 23:29
 

静岡県の西部を流れる大河”天竜川”に
カササギ大橋という立派な橋が架かっています。



実家に帰省した折、時々この橋を渡るのですが、
そのたびに 主人と二人で
カササギは静岡県に生息していないのに
どうしてカササギ大橋なんて名前をつけたのかなあ?」と
不思議に思っていました。




何度も通るうちに
この橋の西側が浜松市の
笠井(カサイ)という地名であること。



橋の東側が
磐田市の匂坂(サギサカ)という地名であることが判ってきました。



そうやって「笠井」と「匂坂」を結ぶこの橋を
「何度もいったり来たりしていたある日
やっと「カサイ」と「サギサカ」が結びついて
「カササギ」という言葉が浮かび上がりました。

わかってしまえば実に簡単なことですが
天竜川に架かるカササギ大橋
笠井と匂坂を結ぶ地名に由来するのだと気付くのに
数年の歳月を費やしてしまいました。

 

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マグロの解体を見た! 15:45
 


いつも買い物をしているスーパーでマグロの解体ショーをやっていました。

小さなお店なので
今までこんな催しはやったことがありませんでしたが
消費が冷え込む中でなんとかお客さんに足を運んでもらう為には
とにかく何かしなくては! という感じでした。



マグロは、水中を高速で泳ぎ回るので
水の抵抗が少なくなるように体が紡錘形をしている
と聞いていましたが、
あらためて切断面をみると本当に真ん丸で驚きました。




「このマグロは、体重20キロぐらいで
マグロとしては、まだほんの子供、
大きくなると体重300キロにもなるんですよ!」と
お店の人が説明していました。

体重300キロといえば
ゆうにお相撲さん二人分、考えただけで圧倒されてしまいます。


左から大とろ、中とろ、赤味と言う具合に柵取りするのだそうです。

最初はちょっと覗くだけのつもりでしたが、
切りたてを見ていたらどうしても食べたくなって
大とろを一さく買ってしまいました。
お店側の作戦勝ちでした。

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懐かしい茶箱! 10:35
 
年明けのある日の朝
マンションのゴミ集積場所に
茶箱が出されているのを見つけ
とても懐かしくて しばらく眺めていました。





茶箱は、杉板で出来ていて
内側には薄いトタンが張ってあります。

上ブタがかぶさる部分には和紙が張られていて
隙間ができないような工夫もしてあります。

今 お茶は パックに詰められた状態で売られていますが
昔は、お茶屋さんがこの箱からすくって
お客様に、缶や紙の茶袋に入れてくれたものです。

お茶は湿気を嫌うので、
今のような貯蔵設備がない時代には
このような茶箱が大量に作られたのです。




軽くて丈夫で湿気を通さない色々な工夫がされているので
茶箱の用途は、お茶だけに留まらず
衣服などの収納ケースとしても随分使われました。

この茶箱も茶箱としての役目の後、
衣装ケースとして利用されていたのでしょうか?

中からかすかに防虫剤の匂いがしてきました。





茶箱に書かれた文字を見てみると
なんと
製茶工場は、私の通った高校のある掛川市。
再製工場は、これまた馴染みのある藤枝市となっています。
       (ちなみに再製とはブレンドという意味です)



私の郷里は、茶どころ遠州で
子供の頃、近所には箱屋と呼ばれた茶箱工場がありました。

そこでは、一家をあげて、
年中忙しく茶箱作りに明け暮れていました。

年月が過ぎると共に、お茶の貯蔵設備も格段に進み、
湿気を通さないパックができ、衣料の収納箱等も
プラスチック製のものに変わったので茶箱の需要も激減しました。

その箱屋さんもとおの昔に廃業し、その場所も今は更地になっています。



久しぶりに懐かしい茶箱を見て、昔の思い出がよみがえり
ゴミとして処分されてしまうのは
余りにも惜しくて 貰って帰りたい思いにかられましたが、
置く場所もなく 泣く泣く断念しました。
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